今世紀百物語

生きているのか死んでいるのか

とんがりコーンの呪縛

甲:「やあ乙君、今日はとんがりコーンについて検討するのだつたね。」
乙:「はい、そうでした。甲さんは、全てのとんがりコーンは食べられると思いますか。」
甲:「食べられると云うのは、食べても大丈夫と云う意味かい。」
乙:「そうです。」
甲:「否、腐つたとんがりコーンは食べられないから、全てのとんがりコーンは食べられるとは云えないだろう。君はそうは思わないのかい。」
乙:「腐つたとんがりコーンと云うものは無いと思います。」
甲:「ううん、とんがりコーンは腐らないと云うことかい。そりやあとんがりコーンはそう簡単には腐らないと思うが、全く腐らないと云うことは無いだろう。君は全てのとんがりコーンは食べられるとでも云うのかい。」
乙:「そうです。全てのとんがりコーンは食べられると思います。」
甲:「それは食べても大丈夫と云う意味で、だよね。」
乙:「その通りです。」
甲:「ううん、しかし腐つたとんがりコーンは食べても大丈夫と云う事は無いだろうし、例えば泥水や便器の中に落としてしまつたとんがりコーンは食べられないだろう。」
乙:「それは最早とんがりコーンとは云えません。」
甲:「何を言つているのだ。腐ろうが、泥水に落ちようが、便器の中に落ちようが、とんがりコーンはとんがりコーンじやないか。腐っても鯛と云うだろう。」
乙:「いいえ、とんがりコーンは食べ物です。食べることのできないとんがりコーンなど、それは最早とんがりコーンとは云えないのです。」
甲:「否然し…」
乙:「甲さんはとんがりコーンは食べ物では無いと云うのですか。」
甲:「否、とんがりコーンは食べ物だろう。」
乙:「然らば、何故食べられないとんがりコーンなどと云うものを認めることができるのです。」
甲:「うむ。」
乙:「とんがりコーンは食べ物であるから、食べられないとんがりコーンなどと云うものは、最早とんがりコーンでは無いのです。食べられないとんがりコーンと云うものを認めることは、とんがりコーンが食べ物では無いこともあり得ることを認めることになつてしまうのですよ。」
甲:「然し、食べ物とて食べられなくなることはあるのでは無いか。」
乙:「食べ物とは、食べられる物、食べるべき物ですから、食べられなくなつた物、食べるべきでは無い物は、最早食べ物では無くなつたと云わざるを得ないでしょう。」
甲:「ううん、そうかも知れない。そうすると、とんがりコーンとは『ハウス食品が出している三角錐型の菓子』であり、『菓子』とは『食べられる物』であるから、食べられないとんがりコーンなどと云うものは『菓子』ではなく、従ってとんがりコーンでは無い。故に、食べられないとんがりコーンは存在しない、すなわち、全てのとんがりコーンは食べられる。こういうことかな。」
乙:「そうです。」
甲:「なるほど。そうかもしれぬ。」

こん、こん。

突然ドアを叩く音がした。

甲:「何方ですか。」
丙:「丙と云う者です。」
甲:「どうぞ開いて居ますからお入り下さい。」

ドアが開いた。背の高い喪服の男が立つて居た。

丙:「私はこの妄想日記に終わりを齎す殺し屋です。」