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今世紀百物語

生きているのか死んでいるのか

英語の個人レッスンの事

先日から,とある留学生に,英語の個人レッスンをしてもらっている。母国語が英語のネイティブで,日本語がほとんど話せず,英語を教えるプロでもない。

 

思い返してみれば,今まであちらこちらで英語を勉強したり英語のテストを受けたりしたことがあったけれども,英語を母国語とする普通の人から英語を教わった経験はほとんどない。

だから,学んだ内容が本当にネイティブから見て合っているのかどうか,実体験として確認したことがほとんどなく,いまいち確信が持てないまま来たような気がしていた。

なので,日本語が話せなくても,英語を教えるプロじゃなくてもよいので,というよりも,むしろそういう英語学習業界とは全く関係のない人で,かつ,ネイティブの人に,自分の英語を聞いてもらったり,質問してみたりして,OKなのかどうかを,机上ではなく実体験として確認してみたかったのだ。

 

というわけで,毎週1度,小一時間,札幌の片隅で,自分が作った文を添削してもらったり,自分のスピーチをチェックしてもらったりし始めた。

始めてみると,色々と勉強になるということがわかってきた。

 

自分の作る文は,文法的にはそれなりにOKだということがわかった。ただ「a」とか「the」とか,複数の「~s」を付ける付けないとか,三人称単数の「s」とか,現在形か過去形かとかについて,これでもかというほど大量に間違いを指摘される。

 

例えば,「Although I sometimes want to go outdoors in daytime, ~」(時々昼間に外に出たくなるけれども,~)という文を書くと,「in the daytime」だと直される。

意訳すると,一日のうちの一定の時間帯を示す単語は,常に「the」が付くんだとか。in the morning,in the evening,in the afternoon,in the night,などなど。

そう言われればそうかも知れない。しかし,時刻を示すときは「the」は付かない。at noon,at night,などなど。何で時刻の場合は「the」が付かないのに,時間帯だと「the」が付くんだろうか。

ともかく,一日のうちの一定の時間帯を示す単語は,常に「the」が付くんだということを,身をもって経験した。

 

さらに,「I always read some books, watch TV, or use internet indoors.」(家にいるときはいつも本を読むかテレビを見るかネットをするかしている)という文を作ったところ,「use the internet」だと直された。

解説を要約して意訳すると,インターネットは常に「the internet」なのだとのこと。

インターネットとは,「the internet」だったのだ。

 

さらにさらに,「I am always in the office, sitting on my desk and typing keyboard」(私はいつもオフィスにいてデスクに座ってキーボードを叩いている)という文を作ったら,机の上に座るわけじゃないんだから「sittiing at my desk」か「sitting in front of my desk」だという指摘に加えて,「キーボードはタイプしない(意訳)」と言われた。キーボードはタイプしないので,「typing on the keyboard」だ,という。

その場で英和辞典を調べてみると,自動詞としての使い方と他動詞としての使い方があるとのことであり,他動詞としての使い方の例文として,type a letterとか書いてある。どうやら,typeは,キーボードをタイプするという意味にはならず,文書・書類を「作る」という意味になるっぽい。

そこで,「type」は「make text」という意味か?と聞くと,そうだという。

「type ~」の「~」の部分には,書類とかが入るのであり,キーボードは入らないらしい。それか,自動詞として使い,キーボードの上でタイピング動作をする,と言うらしい。

 

ほかにも,「we can do our job easier and rapidly with computers」と書いたら,andの前と後は同じ形じゃないとおかしいので,「easier and more rapidly」か,「easily and rapidly」だ(意訳),とのこと。

 

また,「But, ~」とか「And, ~」と書いて文を始めたら,「But」や「And」は文頭には決して来ない(意訳)とのこと。しかし,「So, ~」はOKらしい。

 

さらに,「Computers make us communicate with each other easier」と書いたら,これだと「Computers force us communicate」と同じことになって怖い話になる(意訳)ので,「help us to」か「allow us to」だ,とのこと。

 

このように,あれこれと,大変勉強になる。

 

さらに,名詞がカウント可能かカウント不能かによって「s」が付いたり付かなかったりするわけだけれども,「We have to control not only our mind but also the mind of members」と書いたら,「We have to control not only our mind but also the minds of members」だと言う。

「We have to control not only our minds」じゃなくても良いのかと聞くと,そちらは,それぞれの自分の心は1つだから「mind」でもいいけど,我々の心ということ「でminds」でもいい,と言う(意訳)。

カウンタブルかアウンカウンタブルかの区別が難しいという話をしたところ,「thought」はカウントできないので「thoughts」とは言わない,という。

「mind」と「thought」は何が違うんだと聞くと,調べておくとのこと。

 

さらに,「information」は決して「informations」とは言わないのこと。でも情報は1つ2つと数えられるじゃないかと言うと,そういうときは「milk」が「milks」にならず「two bottles of milk」になるのと同じで,「two sources of information」とか言うとのこと。

じゃあ「news」も「information」と同じか,と聞くと,「news」は例外だ,などと言う。「news」は「new」の複数形みたいな認識でいるようだった。でもそれは語源はそうかもしれないけれども実際の使われ方としては違うだろうと思った。「news」複数形として「newses」などとは言わないか?と聞いたら,決して言わないとのことだった。

 

こんな質問をされるのはきっと面倒くさいに違いない。日本語の先生でも何でもないただの日本人が外国人に「なんで『明日は晴れるでしょう』とは言うのに『明日が晴れるでしょう』とは言わないんですか」と聞かれるくらい面倒くさいに違いない。

でも,面倒くさいから,なかなか教えてくれる人がいない。説明しにくいことだから,分かりにくいので,分からない。

そんな質問に小一時間耐えてもらえるとは,なんとありがたいレッスンなのだろうかと思う。