今世紀百物語

生きているのか死んでいるのか

「『任せ方』の教科書」のこと


ライフネット生命のCEOの方が書いた「『任せ方』の教科書」という本を読んだ。
久々に読んでためになったと思う本だった。

 

内容は,もちろん部下への任せ方の心得がいろいろと書かれているのだが,その前提として,

  • 名選手が名監督ではないのと同じで,マネージャーの仕事とプレーヤーの仕事は別物だ。
  • 監督が試合に出るような真似はしてはならない(プレイング・マネージャーになってはならない)

という基本的な考え方が説かれている。

優秀な1人が頑張ってもせいぜい2~3人分の成果しかあげられない,100人分の成果をあげるためには100人で仕事をしなければならない,だから任せることが大事なんだ,ということらしい。なるほどそのとおりに違いない。

そういえば,以前読んだ「自分でやった方が早い病」でも,

「自分でやった方が早い」という状態は,プレイヤーとしては優秀だけれど,リーダーとしては失格です。いつまでたってもプレイヤー一人分の仕事しかできない状態が永遠に続きます。

(任せることで)1人の100歩ではなく,100人の1歩で進むことができる

などと,たぶん同じ趣旨のことが書かれていて,納得したのだった。

自分でやった方が早い病 (星海社新書)

自分でやった方が早い病 (星海社新書)

 

石油王のジャン・ポール・ゲティも「100人の努力の1%のほうが,わたし自身の努力の100%よりも望ましい」と言ったそうではないか。同じ考えじゃないだろうか。

プレーヤーとマネージャーの仕事は別物だというのもそのとおりなんだろうと思った。
ハロルド・ジェニーンのプロフェッショナル・マネージャーにも,

    経営者は経営しなくてはならぬ!
    経営者は経営しなくてはならぬ!
    経営者は経営しなくてはならぬ!
    何べん言ったら本当にわかってもらえるのだろう?

って書いてあったのを思い出した。

プロフェッショナルマネジャー

プロフェッショナルマネジャー

 
プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

 

 

 

「任せ方」の教科書によると,部下の仕事が60点であれば合格点を与えなければならないらしい。
こういうときに「俺だったら80点以上の仕事ができる!」「今度からは自分でやろう!」「手直しして80点以上に引き上げよう!」というのはダメで,「60点で我慢する」ことが大切らしい。

そうしてしまうと,その上司は,部下が仕上げてきた60点の商品やサービスを,「自分がやれば80点以上のものができるのになぁ」と思いながらも,我慢して手直しせずに合格点を与えて,そのままお客さんに提供する,ということにならざるを得ないんじゃないかと思う。

60点の仕事しかできない部下には内部で完結する仕事をさせればよいのでは?と言われるかもしれないけれども,相当な大企業・大組織でないかぎり内部で完結する仕事なんてかなり少ない。新入社員のうちは内部で完結する仕事だけ任せるようにできるかもしれないけれど,ずっとそうするわけにはいかない。そもそも「60点合格ルール」は,内部で完結する仕事や新入社員に限った話ではないはず。

それがダメだとは全然思わないし,むしろそうでなければ「100人で仕事して100人分の成果をあげる」ことはできないような気もする。それを受け入れた上で「60点」のクオリティを底上げる方向で努力すればよいわけだし・・・。

ただ「『任せ方』の教科書」も「自分でやった方が早い病」も,「部下の仕事の成果物が自分的には60点だと思っても,手直しせずそのままにせよ(その成果物が商品・サービスであれば,手直しせずにそのまま顧客に提供せよ)」とズバリは言ってくれていないのがひっかかる。ズバリそう言ってしまうのは具合が悪いんだろうか・・・。それとも何か自分の理解が間違っているんだろうか・・・。

・・・というふうに正月早々悩んでいたんだけれども,多分,悩む方向が間違っていて,この話は要するに「自己評価高杉」「謙虚になれ」ということに違いない。

60点合格ルールの話は,一見すると「クオリティの低い商品をそうであると自覚してお客さんに提供するという罪悪感を抱え込め」という意味に読めてしまいそうだが,そう言われているようにはどうしても思えない。
「『任せ方』の教科書」の前書きには,著者が「人間ちょぼちょぼ主義者」で「人間の能力は,それほど高くはない」「人間には,とくに賢い人も,とくにアホな人もいない。ちょぼちょぼである」と自覚している,とある。
これも含めて考えると,60点合格ルールの話は,「自分に部下の仕事を評価する能力がある」とか「自分にはもっとうまくやる能力がある」というそのうぬぼれを捨てて,「お前の評価は間違っているのではないか」「お前の能力はそんなに高いのか」と自問せよ,というものだと理解して消化するのが正しいような気がする。

自分がちょぼちょぼだと考えると,「部下の仕事を60点だとしたその評価が間違っているんじゃないか」「自分が『60点だ』と評価した商品でも,お客さんは100点満点の評価をするかも知れないじゃないか。」「自分が手直しして『60点のものを80点に引き上げた』と思った商品でも,お客さんにとっては『100点だったものが変な手直しで50点になってしまった』と評価されるかもしれないじゃないか。」と考えることができる。実際のところそのとおりに違いない。
そう考えると,「うぬぼれた頭で60点だとした商品は実際には100点かもしれないし,自分が80点に引き上げようとしてもかえって50点のものに改悪されてしまうかもしれないんだから,変な手出しをせずにOKすればよい。お客さんにとって何点かは,お客さんが決めることだ。お客さんにとって100点の商品を提供するためにすべきことは,うぬぼれた頭で60点だと思うものを不合格にすることではなく,別のことだ。」というふうに考えることができる。実際のところそのとおりだろうし,その方がうまくいきそうではないか。

キンコーズ創業者のポール・オーファラは「誰でもわたしよりうまくできるというのが,昔から変わらぬわたしのモットーだ」と言ったそうではないか。超名言じゃないか。


結論

正月早々から非常に勉強になった。