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今世紀百物語

生きているのか死んでいるのか

ポール・マッケンナの食べるダイエットの事

ここ数年,痩せることができないと悩んできたが,先日,ふと,過去の成功事例を応用すればよいのではないかと思い立ち,書店でポール・マッケンナの食べるダイエットを買って読んだ。


これによると,

・お腹が空いたら食べる
・食べるべきだと思うものではなく、食べたいものを食べる
・食べることに集中し、ひと口ひと口、味わって食べる
・満腹だと思ったら、食べるのをやめる

という4つのルールを守ってさえいれば,必ず痩せる。

他方で,いつ,どこで,何を,どれくらい食べるのかを外部からコントロールしようとする全ての手段は食事制限であり,食事制限によって痩せたままでいられるようになることはあり得ない。
1500キロカロリー以下への食事制限をした後,食欲が数倍になり,半年経っても戻らなかったという実験結果があるらしい。本当かどうか知らないが,いかにもありそうなことではないか。
そんなことをしていたら,常に食欲が数倍に膨らんだ状態で居なければならない。これで欲望に勝てるはずがない。


大体において,自分のことを考えてみると,理性・論理と潜在意識・欲望が対立したときに,短期的には前者が後者に勝っても,長期的には後者が前者を打ち負かしているような気がする。

煙草についていえば,辞める前は,寝ている間を除けば,吸わないで居られるのは最長8時間で,1日禁煙することもできなかった。煙草が身体に悪いとか何だとか,理性・論理で理解しても,それで辞めることは出来ない。
理性・論理で理解して辞められるものであれば,そのときそのときの考えで,とっくに辞めたりまた吸ったりしているはずである。

したがって,

理性・論理で理解しても辞められない。
潜在意識・欲望自体に働きかけなければならない。
 
というのが自分のファイナルアンサーであったのだった。

ポール・マッケンナという人は催眠療法士だそうで,要するに自分で自分に催眠術をかける訳だけれども, 禁煙エクササイズという本の効果は強烈だった。



特に決意などせず何となく読んでそのとおりやってみると,何か煙草が吸えなくなった。
身体の禁断症状はあり,理性・論理では吸いたいと思っても,潜在意識・欲望が拒否する。
普通の人はウンコを喰べられないのと同じで,ウンコを喰うことは物理的に不可能ではないし,もしウンコを喰うことによって身体に害なしに快感が得られるのであれば,ウンコを喰うべしというのが論理的帰結だけれども,頭でそう理解したとしても,潜在意識・欲望は断固拒否するであろうことと同じような感覚になる。
この本を読んでしまった結果,少しの間,ニコチン抜けの身体的な禁断症状に苦しむことになった。ウンコを食べられないのと同じで,煙草を吸うことができなくなった。 煙草はウンコじゃないことは頭では分かっているので,吸いたくないけれども禁断症状を和らげるために煙草を吸ってみたりしたが,逆に気持ち悪くなった。
このどうしようもない身体的禁断症状をニコチンパッチとサウナで紛らわして生活していたところ,いつの間にか,煙草を辞めることになっていたのだった。

 それからはや2年ほど経った。

煙草を辞めてからというもの,体重がどんどん増えていく。
きっと煙草で身体にダメージを与えることでバランスが取れていたものが,ダメージがなくなったために,ダメージに抵抗するために使っていたエネルギーが体内に余るようになったのだろう。

それから,食べる物のカロリーを計算してコントロールしようとしたり,フィットネスに通ったりしたけれども,体重は一進一退を繰り返すのみ。
肺機能が復活してきたため持久力はかなり回復したが, 身体の重さは変わらない。
徐々に痩せてきていたりしても, 長期の旅行やら忘年会シーズンやらでストイックな生活がたるむと,数か月の努力を一瞬にして無に帰すかのように体重が回復する。

しかし,先日,もしかすると,これは煙草の例と同じく,

理性・論理で理解しても辞められない。
潜在意識・欲望自体に働きかけなければならない。

というファイナルアンサーで解決できるのではないだろうかと思った。

理性で論理的に理解すれば痩せられるのであれば,とっくに痩せている自信がある。
そうではなく,潜在意識や欲望自体に働きかけなければならなかったのだ。


などと言いながらも半信半疑で「食べるダイエット」を読み始めると,禁煙エクササイズと同じような変化が生じてきた。
あっという間に催眠術にかかった。
その日まで夕飯をプロテインに置き換えるダイエットをしていたのが,そんなことは辞めた。
かえって食事制限の結果,食欲が増大してしまうではないか。

「お腹が空いたら食べる」

今まで,食事の時間になったから,食事の機会に遭遇したから,食べていた。
お腹が極度に空いていても,食事の時間になるまで食べていなかった。
なんて馬鹿なのか。

「食べるべきだと思うものではなく、食べたいものを食べる」

山岡家のラーメンを食べず,ゼロカロリーゼリーを食べたりDHCのプロテインを飲んでいた。
禁止したら欲望が増大するに決まっている。
何て馬鹿だったのか。

「食べることに集中し、ひと口ひと口、味わって食べる」

ダイエッターは,食事中以外は食べ物のことばかり考えているが,食事中は食べ物のことを全く考えず早食いするらしい。
確かにそのとおりだ。
これでは食事に満足できるはずがない。
目の前の食べ物に集中し,じっくり噛み,味わい尽くさなければならなかったのだ。


「満腹だと思ったら、食べるのをやめる」

食べる量を皿に決めさせてはならず,自分で決めろということらしい。
確かに,食べ物を皿に盛る人は,自分がどれくらい食べたら満腹になるのかなど,分かっているはずがない。
足りないと思われたら嫌だから多めに盛る人が多数派ではなかろうか。
それを満腹になって苦しくても皿が空になるまでいちいち全部喰う義務などない。
皿の食べ物を残したらもったいないか?
残さず食べて丸々太ったからといって,飢餓の子が救われるわけではないと書いてある。そのとおりではないか。
どっちにしろ,作られてしまった以上,自分が食べようが食べまいが,元にはもどらない。
捨てようが食べようが,いずれは土に帰る。
ならば,どっちでもいいじゃないか。
満腹だと思ったら食べるのをやめて,またお腹が空いたら食べればよかったのだ。


こうやって見事に洗脳されてはや3週間以上経った。
催眠術にすぐかかる単純な人間だと笑うなら笑えばいい。
しかしながら,実際,あごの下の無駄な肉がみるみる無くなっていった。
腹回りの肉も半減した。
むっちりした腕と胸が薄くなり,ちょっと貧相かと思うくらいになった。
服がゆるくなった。
体重は計っていない。体重を計ってはならないらしい。
しかし痩せていることは分かる。
身体も軽くなった。だるくなくなった。

これをこのまま続けて行った場合,通常の体重に戻れるのではないかという予感がする。