今世紀百物語

生きているのか死んでいるのか

バカになった事

私たちはいつから“バカ”になったのか?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20101209/217474/

という記事が秀逸で面白い。

最近の企業や役所は、四半期決算やころころ変わる政権や大臣のせいで常に刹那を生きているため、組織内部における意思決定の優先順位の中、長期的かつ俯瞰的な視点は思いっきり下がっています。

こんな時代に生きる我々は、長期的かつ俯瞰的な視点で考え話す機会を意識的に自ら作りだしていかない限り、一見、自分に関係のないように思われる政治、外交、社会、グローバルといったテーマに関しては、思考停止の状況に容易に陥ってしまうのではないでしょうか? 健全な知識層の衰退は、日本にとって危機的な状況をもたらします。

ということで、長期的、俯瞰的な視点から色々と考えてみる、という記事である。
ルーチンワークはノンルーチンワークを駆逐するという計画のグレシャムの法則について書いてあったのは、たしか、「わかりやすいマーケティング戦略」という本だったと思うが、本当に、目の前のやるべきことに溺れていると、長期的なことを考えなくなってしまう。そうすると、自分が今、何のためにどこに向かって何をしているのだか、さっぱりわからなくなる。わからないということに気付くと精神的な危機に陥る。
意識的に時間をとって、長期的な視点から考えるようにしなければダメだなと思った。

上記記事では、この10年、20年、というくくりで、何が起きたのかを考えているのが新鮮だった。
21世紀に入ってからもう10年も経っており、2001年から2010年までの10年間のくくりで、果たしてどういう10年間だったのか、と考えてもおかしくない。むしろ、当たり前にそう考えるべきだよなぁ、と思う。

今年はアメリカがどうのこうので日本がどうのこうのだ、と、今年の景気上昇を予想する記事が多いみだいた。
景気が上昇すれば、気分もよくなるだろう。
けれでも、長期的な不安や憂鬱が解消されるとは思えない。
結局、目の前の景気の上げ下げの波に、刹那的に一喜一憂しているだけなような気がして、むなしいように思う。
短期的にみてダメでも、長期的にみてアゲアゲあれば、気分は最高で活力もわく。

しかし、長期的な国の衰亡を考えると冷静でいられなくなりがちだが、現実的に考えると、どうやら大きな流れは覆せないようだ。しかし、そんな現実を直視して、だからこそ、と、頭を使って現実的によく考えてサバイバルを続ければ、意外といいところまで行けそうな気がする。
やっぱりボケボケしてたらダメだ。